のぞきからくり

のぞきからくり委員会

「のぞきからくり」 とは、のぞき穴のある箱の中にストーリー仕立てにした絵(名所の風景や絵)が何枚も仕掛けられていて、 口上〔こうじょう〕(説明)する人の話に合わせて、その立体的で写実的な絵が入れ替わって行く見世物です。

      
江戸末期にその発生を見て、明治時代に完成発達し、大正年間には全国津々浦々までその足跡を残して、昭和の太平洋戦争前まで、一般大衆に親しみ楽しまれてきた娯楽施設であった「のぞきからくり」は、映画更にテレビの普及によって完全に過去の遺物になり、その語りも装置も全て消え去ろうとしていた。

 

「のぞきからくり」のルーツは意外と古く「絵解き」と呼ばれ、仏の教えや寺の縁起などを掛物に仕立て、それを物語風に解説(説教)するもので、現在もある寺院で行われているものが源流であろうとされている。

 

はじめは「おおのぞき」と呼ばれる、一個の箱に1個のレンズで一枚の絵を見る形式が、後にはこの箱を数個並べて順次覗き、一連の物語が構成される仕組みに発展し、江戸時代後期(1760年代)に改良されたものと思われる。

 

そして、文明開化の波に乗り、大衆娯楽施設の充実の共に、一層の改良が加えられ、ガス灯やカーバイトランプ、更に電灯とその光源の発達変化によって、より華麗な教えが画かれ、立体感を深めるように工夫されていった。

 

やがて、活動写真(映画)の登場と、子供達には紙芝居が巡回すると衰退がはじまり、昭和初期(10年頃)まではまだ祭礼、縁日などの演し物として命脈を保ってきたが、戦後は完全にその姿を消してしまった。

 

現在保存が確認されているものは、巻町(現在新潟市西蒲区)の他に、鹿児島県奄美大島(原野農芸博物館)と、長崎南島原市 深江町の箇所のみで、北海道(岩内郷土館)では中ネタの一部が保存展示されているされているのみである。

 

この中ネタや看板絵などはまだ全国各地の納屋の奥に眠っているものと考えられる。
原野農芸博物館のものは大阪府豊中市服部農業博物館を昭和63年に博物館移転のときに移設したものです。(巻町郷土資料館資料 『のそきからくり―その構造と機能―』を抜粋及び参考)

2011/12/17

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